Q17

統一教会は共産主義に対し厳しい立場をとっていますが、これはどういう考えなのでしょうか?

A17
堕落した人類救済の歴史は、キリスト教を中心とした宗教により願われていたにもかかわらず、そのキリスト教の精神は、中世封建社会の中で埋葬されてしまい、その墓場の中から新しい生命を絶叫する宗教改革の狼煙は空高く輝き始めましたが、その暗黒の波を支えきることはできなかったのです。初代教会の愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、キリスト教社会を吹き荒らし、飢えに苦しむ人々からの救いの喚声が天からではなく、地から聞こえてきたのです。それが共産主義だったのです。この共産主義は、キリスト教の腐敗部分を温床としながらよい肥料を吸いながらぬくぬくと成長していきました。
キリスト教が時代の変遷と共に科学的に解明されなければならないことを怠っていたのです。そのために、神様を否定するところから始まる共産主義思想からは、真理はありえないことであるし、人間の根本問題を解明できることは難しいのです。唯物思想からは人類の根本問題を解明することはできないのです。今までの大戦で亡くなった人よりも、共産主義革命の名の下に殺された人々の方が多いのです。
今でもそうですが、共産主義思想は最後は暴力なのです。
それは、共産主義の発祥がそもそも恨みからの解放が動機となっているのでは、人類を豊かな社会に導くことは不可能だったのです。
(旧ソ連、東ヨーロッパ、中国、北朝鮮の現状を見て明らか)
その過程において、築いてきた共産主義運動の組織形態が今日の社会にも大きな傷跡として残っているわけで、これらを克服するには、キリスト教をさらに越え、宗教と科学を統一された一つの課題として解明された新しい真理で対処する必要であり、それは神様までも明らかにできなければならないのです。それが統一原理です。
それを持って、共産主義の本質にくいを打ち人類を正しく導こうとしているのです。そのために、共産主義にははっきりとノーをつきつけているのです。2010年代には共産主義は、家庭の崩壊をもくろみ、男女の価値を誤解させ、さらに、国のあり方を問う自治のありかたにまで誤った考え方を示しているために、さらに警戒を鳴らしていかなければならないのです。