Q2

人間の死と死後の世界はどのように考えていますか?

A2
私たちの生命の起源がどこかを考える時、生命が先か愛が先かということが問題です。愛が先で生命が誕生しています。人間は、自分が希望して生まれた存在ではありません。お父さんとお母さんの希望によって生まれたのでもありません。動機は神様にあります。神様の希望によって生まれたのです。そして、その代身であるお父さんとお母さんから生まれてきました。神様の代身である父母の愛を通して、新しい生命体として生まれたのが「私」です。
そして、私はこの世で暮らしていますが、それだけでなく少年期、青年、壮年、老年期を経て「死」という峠を越えて次の世界の「霊界」に行きます。人生は、永遠の世界のために準備する期間と思って一生を送ります。
その「死」を考えると、人生の価値を考えることにもなります。今を大切に生きようと考え直します。誕生の動機が「愛」ですから、限りある人生に価値を置くのではなく、永遠に共にいたいし、喜びたい、愛したいわけですから、それゆえに肉身を脱ぐのは、無限の神様の愛の活動圏に自分が同席するためであります。
お母さんのお腹の中から生まれるときは、心地よい水の中から、いわば死ぬ覚悟で生まれました。それは新しい生命の出発でした。そして、肉体の死を迎えるときは、再び大騒ぎしますが、この第二の死は第二の出生の瞬間となるわけです。というわけで、霊界の存在は興味本位のものではなく、とても重要なことだったのです。父母なる神様と無限なる世界で愛を分かち合うところなのです。本来、「死とは」次の世界に行く通過点なのです。
その霊界には、すでにたくさんの人々が住まわれているはずです。ところが、霊界の存在があるということを知らずに亡くなった人もおられるだろうし、まして、神様ということを考えることもなく亡くなった人もおられます。その死の間際は、さまざまな状況で亡くなった方々も多いはずです。そのために、神様の懐で懐かしく暮らせるはずだったのが、神様のことすら考えもしなかった人は、孤児になってしまった。それが今の私たちです。そのために、神様の摂理歴史(復帰歴史)には多くの聖人,義人が現れ、多くの宗教も誕生しました。その宗教が、霊界の存在を教えるところがあったり、神様の存在を教えてくれたりしてきました。
統一教会では、中でも霊界は、神さまの中心なる愛によって関係が結ばれるところであることを教えています。ただ興味本位に霊的力や神秘的な世界にあこがれるのではなく、その世界は地上で、子女の愛、夫婦の愛、父母の愛の関係を育んだ人が霊界で、神様の愛を中心とした関係が結ばれることを強調しています。
しかし、残念なことに、現代では霊界というのは、天国、地獄ということでしかイメージできないことです。映画で「奇跡の輝き」というのが上映されました。この映画の中であらわされている霊界は、神様を知らずに亡くなった人たちの住んでいる状況に近いといわれます。決して希望のある世界ではなく、暗く,さみしく、その位置から動くことが簡単ではなさそうです。地上にいる時には、さまざまな因縁を結んでいく道がありますが、原理原則を外れた人生からは、霊界は神様の愛の世界のはずが、その逆になっています。だからこそ、地上生活の時に神様の愛と関係が持てる人生に変えなければなりません。
これらの関係を理解するために、神様の創造理想(創造原理)はどうであったのか。なぜ今はこうなのか(堕落論)そして、神様はどのようにこの私と関わっておられるのか(復帰歴史)、そして、私が決定的に変わる接点は何なのか(祝福)などを知ることにより、死と死後の世界を正しく認識することが必要です。