Q23

選択が豊富な社会を築くことが自由社会のすばらしさだと思うのですが、現実は豊富すぎてかえって何を選んでいいのか困っている人が多いのではないでしょうか。

A23
そうですね。現代は情報が多くて素晴らしい社会だと思うのですが、情報が統制されていた時代は、不便で個人が尊重されていないと欲求不満となり社会運動が活発に行われました。「解放」ということばが左翼の革新と言われる人たちの合言葉でした。
ところが、現代のようにSNSなどで自分が発した意見が瞬時に世界中に届き、情報がいっぱいの社会になると、人は豊かになり幸福な生活になったのか、ということが問われるようになりますね。
確かに、情報はなければ満足がありませんが、人間の本質的なことではないので何かおかしいという感覚があると思います。情的に満たされないと満足できません。

今見直されているのが、結婚相手を選ぶときに「お見合い」か「恋愛」かということが興味深く取り上げられています。
統一教会の合同結婚式は世間に広く知れ渡っていることですが、マスコミなどは面白おかしく騒ぎ立て、今まで合ったことも無い人と突然結婚相手が決められるなんて異常だ、狂信的だと騒いでいました,ところが、日本でも結婚式当日まで相手の顔を知らなくて結婚した人は数多くいます。世界でもまだまだ当たり前のことがらです。

つい最近になって、恋愛があたりまえ、自由の頂点のような価値観で広がってはいますが、その結果はどうでしょう。離婚してシングルの人達が子育てに苦労しているのが多いではないですか。豊かになるはずではなかったのでしょうか?愛されずに育った人は、子供の育て方が分からず放棄したり、揚句は殺害してしまうという悲しい事件も起こっています。
選択という自由がかえって人を不幸にしてしまう光景も多くあります。

統一教会の合同結婚式は式を合同で行いますが、結婚相手をどのように決めるかというところに重要な価値があるのです。結婚候補を親とか尊敬している人に探してもらうという方法、いわば「お見合い」という方法です。これは、マスコミが面白おかしく言うような、誰かが勝手に決めた相手ではなく、自分が尊敬する親とか指導者によって決めて頂いたという、「自分の人生を自分で決めた」という意識がともなっているのです。

幸福な道は自分で見つけ出さなくてはならない。しかし、世界を支配するのは神様なのだから、神様のみ旨を理解してそれに忠実に従ってこそ人生に幸福になるというものではないでしょうか。