2014.2.2 日曜礼拝

「主人になるために」  卞鍾胛教会長

2月度還元祈願礼式

祝福家庭は、世界的であり天宙的です。先生に代わって実行できる直系の息子、娘と同じです。先生が祝福してあげるときは、「私よりもっと立派になり、私の後ろについてきなさい」と思いながら祝福してあげたのです。ですから、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の心さえもてば、先生がしてきたことを、同じようにできるのです。神様は、創造をするとき、そのような心情を持って出発しました。主体である神様が、「私が語れば、愛の実体対象が生じる」と考えたのです。
絶対愛の相対に出会うというのです。愛の主人になるためには、相対がいなければなりません。そのために、愛には神様ご自身も絶対服従するというのです。絶対順応するところから循環運動が始まります。 (天聖経12-3-5-101)

ほめられると気分がいいですね。何故ほめるのかというと、主人になるためです。
いやなことがあって怒ると、関係が悪くなる。恨みが残るし、心に傷がついてしまう。
人は寄ってこないし、ほめることができない人は人が寄ってきません。
ほめるということは、為に生きるという市政があります。憎むということは、自分の為に生きろということになります。
主人になるためにはどうしなければいけないでしょうか。
親子であっても、子供は親から尽くされていないと主人として認められない。親は資格がない。父母もこのために投入すれば、子供も納得するように、主人になるには、相手を良く認めなければならない。そして、相手に対して感謝しなければならない。相手に対して怒ったとして、誤りがあれば間違ったことを認める勇気が必要である。そして、謝罪すべきである。
同じ過ちを繰り返す。だから自分の努力だけでは時間が掛かるので、霊界解放の手段は早く超えることができるのです。