2014.4.27 日曜礼拝

「基準」 卞鍾胛教会長

先週4月20日は大運動会でした。雨が降るかどうかドキドキでしたが、最後まで無事できました。最後のスエーデンリレーでは大いに盛り上がりました。

さて今日の礼拝です。

天の国で定める第一の価値決定の基準は愛です。生命ではなく愛です。
その愛とは、唯一、不変、永遠の愛です。その基準を中心として、万事の価値基準を決定するのです。神様は、それ以上考えることができないので、それが決定基準になることは、きわめて当然の結論です。
「あの人は人格者だ。あの人は価値のある存在だ」というのは、そのような基準から見るのです。 (天聖経3-1-2-29)

神様が人を見ると、どんな人が価値がある存在なのか。神様が人格者、親である。
唯一、不変、永遠な存在、ならば、私達は誰なのか?唯一、永遠不変な存在なんだろうか?私達は二つの愛を持ち変わってしまい、有限な愛を持ってしまっている。だから、前のように永遠な愛の持ち主に変わらなければなりません。
神様の持っている愛を持っているのかによりその人の価値が決まる。
四季があるかぎり植物の価値は変わらないが、人間は変わるので相対的になっている。自分と同じ価値のときは心が行くが、そうでないと、会いたくないとか、嫌いの心情が生まれる。これが堕落性です。この心を整理しないといけない。自分の満足のために周りの人に要求してしまう。そういう堕落性を分立して整理しなければ神様の愛のほうに行きません。そのために、絶対善霊の協助を受け、悪霊を説得してもらい、その恨みを消してもらわなければいけません。そこからが出発なのです。