2014.6.8 日曜礼拝

「希望がある」  卞鍾胛教会長

父母の心情についてみるとき、母親の顔が綺麗だったとしても、その母親が抱いている赤ん坊を見て、通っていく人が「その子は奥さんより何千倍もきれいだ」といえば、その母親は喜び、うれしく思います。それは、母親がその赤ん坊より何千万倍も醜いという話です。しかし、そのような話を聞いて、「なんですって。私より何千万倍もきれいなら、私は、何千万倍も醜いということではないか」といいながら、食ってかかる母親はいません。ただうれしくて、どうしていいかわからないのです。これが母親の気持ちです。
そのような心は誰に似たのでしょうか。母親は結果的存在であって、動機的存在ではありません。息子が父親より劣ることを願う家があれば、その家は滅びるのです。父親は大統領なのに、息子がそれより劣るときは、何代かすぎていくうちにその家はだんだん衰退していくのです。最後には、恥ずかしくて穴があれば入りたくなるような身の上になります。(天聖経5-3-2-13)

母親は子供を抱いていて「かわいいですね」といわれればとてもうれし。ご主人はとってもハンサムですねと言われればうれしいけど、少し微妙ですね。子供に希望があるか、主人に希望があるのでしょうか?子供に希望があります。