2015.9.20 日曜礼拝

「万物の祝福」 卞鍾胛教会長
十分の一献金は、「私」が所有している物の中から十分の一を神様にささげることにより、全体をささげるという意味があります。

父に全体をささげるのではなく、その中から精誠を尽くして十分の一をささげるというのは、そのような意味で価値があるのです。
そのように十分の一をささげることにより、残りの十分の九も聖なるものとして取り扱われるようになります。
このように十分の一献金を捧げながら暮らす人は絶対に滅びません。日がたてばたつほど、その人の「天の倉庫」があふれるようになっています。(天聖經11-2-2-3)

今の時代は個人の救いから家庭の救いの時代になり、家庭の祝福の恵みが来る時代です。しかし、神様は責任分担を与えることにより、創造された神様ですから、熱心に努力したら手伝ってあげようとされる神様なのです。
日本は母の国となり、世界の子女の国を手伝ってあげなければならない選ばれた国です。万物祝福を受けて私達だけでなく、氏族も万物の祝福を受けられるようにお祈りしてあげてください。十分の一献金は神様との関係をもつ3500年の旧約の時代に神様が示された事柄です。目には目を歯には歯をの時代からのみ言葉です。神様との関係を取り戻すための条件です。条件なしには祝福を上げられない神様です。家庭全体が祝福を得るために、家族が十分の一を捧げられるように、まずお祈りしてあげましょう。