2016.2.7 日曜礼拝

「魚の教訓」  卞鐘胛教会長  (離任礼拝)
み言訓読
さけは卵を産んで死にます。それを見れば、死ぬ日が定められた死刑囚の立場で、夫婦が愛する以上の愛を交わすのです

。雌が卵を産めば、雄は地面を掘って卵を保護してあげます。それこそ理想的な一双です。そして、卵を産むと、二匹は死ぬのです。死んでいく雌、雄の姿を見た時、先生は本当に大きな衝撃を受けました。その母親の体は、子供たちの餌になります。創造主がいるとすれば、なぜそのように作ったのでしょうか。それを見れば、子女がどれほど重要か、愛がどれほど重要かを知ることができます。愛が最高のものであり、子女が最高のものであることをみせてあげるための、一つの標本としてさけを作ったのだろうという理論は、ごく自然な話です。命を捨ててでも、愛と子女の為に行かなければなりません。 ( 天一国経典 天聖経 616頁)

サーモンの人生が一番誇れるものです。先生は、先に霊界に行かれて我々祝福家庭を守るために必死にされ、サーモンのような姿があります。サーモンは卵を産んでもその時は寒いので食べるものがなく死んでしまいます。卵から孵化した子供は親の肉を食べて生きるのです。親は骨だけが残ります。母の気性により生まれ、海に行き4年たったら返ってきます。
同じようにライギョ(カムルチー)という魚がいます。
卵を何千も産んで雌は目が見えなくなり、餌を自分では探させなくなります。その時、子供たちがお母さんのお腹に入り食べられて、お母さんの栄養となりお母さんは目が見えるようになります。そして10%が残ります。サケは母性愛の魚といい、ライギョは親孝行の魚と言えます。生活しながら二つの魚のような行動をできる人もいるし、不足なこともあります。今日を迎える時、自分だけを愛する親より、自分を産んで育ててくださった方に親孝行する生き方、より尊敬する人になれますように、この出発の日になればと思います。